講演要旨
生物・生体力学現象は、階層的な構造と多相的な物理の特徴を有する複雑系であるため、シミュレーション技術を駆使した
統合的な解析は、ポストゲノム研究の1つpromising且つfeasibleな大きな方向であると思われる。本研究ではシミュレーシ
ョン技術によって、現在どこまで生物・生体力学現象を解明できているのか、または今後どこまで行けそうなのかについて、
話題を提供しながら議論したいと思う。また、ご参考のため生物と生体の両分野に関する研究レビューをここに添付する。
生物流体力学現象:
どんな優れた安定性制御システムを備えた飛行機でも一旦失速すると直ちに墜落してしまうが、昆虫が突風の中を悠々と
飛び抜けて決して墜ちないのはなぜなのか。我々は、空気力学のさまざま理論を蓄積し、ジャンボジェット機やステルス
戦闘機を、統一された「定常理論」に基づいて設計できるようになった。だが毎秒20?600回も羽ばたく昆虫の羽がな
ぜ自重の2倍も以上の揚力を発生できるかについては、いまだに多くの疑問が残っており、理路整然と説明できる理論が
ない。従来生物遊泳・飛行における流体現象に対して、諸ポテンシャル理論による流体力学的解析と生物まわりの流れへ
の観察及び最近では実物模型・運動を再現できる可視化実験による現象理解による研究は数多くされてきた。我々は力学
の基本原理からスタートし、生物の実際形態及び運動を忠実に計算機の中に再現して現象を支配する運動学的、力学的方
程式を離散化・解析することによって生物流体現象をデジタル化且つ可視化して生物運動メカニズムを理解しようという、
「シミュレーションベースト生物流体力学」を提案してきており、今まで水中生物の遊泳から昆虫飛行までいくつかの問
題について解析を行ってきた。
生体循環器系血流現象:
日本人の死因は2位が脳での出血,3位が心疾患と、循環器系疾患が占めている。いずれも40代、50代の働き盛りの
人間が突然発症し、高い率で死に至る病気である。しかしながら、これまでのところ病変に至るメカニズムはおろか、MRI
などで病変が見つかっても手術した方が良いのかどうかすら分かっていない領域もある。循環器シミュレーション研究で
は人体の血流を高精度にシミュレーションすることで、病変に至るメカニズムの解明と、MRIなどの医療用測定器からの
画像からの診断や、
手術の方法の検討などが可能とするよう開発を行っている。最近、心臓血管系グローバルな循環機能
の評価と局所的な血流動態の解析とができるマルチスケール計算力学モデルを開発し、更に全身モデル
への拡張を行った。この統合した循環器系血行力学シミュレータを用いることにより、医用画像処理から
血管モデリング及び血流シミュレーションによる手術立案や予測への諸提案書を1~2日以内に提出する
ことが可能となり、今後臨床への応用が期待される。またこの統合的計算システムを用い、心臓左心室
機能評価、大動脈瘤発生機序解明、脳動脈瘤手術適応検討・予測、腎動脈狭窄高血圧症機序解明などの
臨床問題への応用を試みて本計算システムの有効性を検証できた。